弁護士・中小企業診断士のブログ

法律や経営に関する話題

労働問題①(私傷病休職中の定年と再雇用について)

f:id:maruyama-lawyer:20210524120718p:plain

高齢化が進む日本では、高齢者の能力の有効な活用を図ることが重要とされています。

その一環として、例えば60歳で定年退職となった後、労働者が希望すれば再雇用できるなどと就業規則で定めている会社も多いと思います。

 

では、労働者が業務外の原因で負傷や発病し、仕事を休んでいるとき(私傷病休職中)に定年を迎える場合でも、労働者が希望すれば会社は再雇用しなければならないのでしょうか。

 

 

高年齢者雇用確保措置とは

前提として、 定年後の再雇用について簡単に説明します。

 

高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年法」といいます。)は、65歳未満定年を定める事業主に対し、65歳までの安定した雇用を確保するため、①定年の引き上げ、②継続雇用制度の導入、③定年の定めの廃止、のいずれかの措置を講じるよう義務付けています(高年法9条1項)。

定年後の再雇用とは、この3つの「高年齢者雇用確保措置」のうち②の継続雇用制度のことを指します。

 

そして、②の継続雇用制度を導入する場合、原則として希望者全員を対象としなければならないとされています。

 

もっとも、「高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針」(平成 24 年 11 月 9 日厚生労働省告示第 560 号)によると、「心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く)に該当する場合には、継続雇用しないことができる」とされています。

 

 

したがって、私傷病休職中の労働者を再雇用の対象とするか否かは、就業規則に定める「解雇事由」または「退職事由」にあてはまるかどうかによります。

 

 

私傷病休職について

 

ところで、私傷病休職とは、労働者の私傷病(業務外の原因によるケガ・病気)により労務提供が不能となったとき、本来であれば普通解雇とすべきところ、一定期間労務提供義務を免除することで解雇を猶予する制度です。

 

私傷病休職制度を設けている会社では、就業規則で、

休職期間について「勤続●年以上は休職期間●年●か月」と定め、また、

「休職期間満了時点で復職できないとき」を退職事由として定めていることが多いかと思います。

 

定年退職と私傷病休職の関係

 

では、私傷病休職中に定年を迎える場合、再雇用の対象とすべきでしょうか。

 

原則として、定年退職を迎えると労働契約上の地位がなくなるので、休職期間が残っていても退職ということになります。

 

しかし、継続雇用制度が設けられている場合、再雇用を希望する労働者から、「休職期間が残っており解雇を猶予されている以上、定年時点で解雇事由・退職事由はなく、再雇用の対象にすべきだ」と主張されることが考えられます

 

この問題は、継続雇用制度が導入されている場合において、定年を迎える時点と休職期間の残り期間が一致していない(休職期間満了時の方が後に訪れる)ため生じているものと考えられます。

 

 

解決方法1(就業規則への明記)

 

そこで、就業規則において、

「勤続●年以上は休職期間●年●か月」という休職期間の定めに続けて、

休職期間の定めにかかわらず、定年退職に伴い休職期間は満了とする

などと定めることが考えられます。

 

このような定めがあれば、定年退職により休職期間も満了となります。

そして、この時点で復職できず、またその見込みもないときは、「休職期間満了時点において復職できないとき」との就業規則中の「退職事由」に該当します。

そのため、再雇用の対象としないことができます(前記指針参照)

 

まとめ

 

以上より、私傷病休職に関連する再雇用のトラブルを防止するためには、

「定年退職に伴い休職期間が満了すること」

「休職期間満了時点において復職できないときは「退職事由」になること」

を事前に就業規則に明記しましょう。

 

 

解決方法2(労働条件の設定)

 

では、このような就業規則の定めを設けていなかった場合はどう対処すべきでしょうか。

 

定年後の再雇用の場合、定年前とは別の労働契約ですので、定年後再雇用契約の労働条件は、採用の自由の下、労使の合意によって決定されます。

例えば、定年前は週5日の月給制で雇用していたものの、健康状態等を考慮して、それより少ない日数かつ時給制で雇用することも可能です。

 

ただし、この再雇用後の労働条件の設定にも制限があります。すなわち、高年法の趣旨に照らして「合理的な裁量の範囲」のものであるべき、とされています(厚生労働省・高年法Q&A)。

www.mhlw.go.jp

 

 

判例

 

判例の中には、労働者に提示した給与水準職務内容を考慮し、実質的に継続雇用の機会を与えたか判断したものがあります(トヨタ自動車事件・名古屋高判平28年9月28日)。

ちなみに、この判例では、再雇用後の賃金額は問題ないとしましたが、提示した職務内容(事務職→清掃等の単純業務)が継続雇用の実質を欠き違法と判断しました。

 

 

また、他の裁判例では、フルタイム勤務を希望した労働者に対して労働時間が約45%月収ベースの賃金が約75%減少(時給ベースで半額未満)する労働条件の提案に終始した事案で、不法行為に基づく慰謝料請求が認められています(福岡高判平29年9月7日)。

なお、判例の中で「継続雇用制度において、定年の前後における労働条件の継続性・連続性が一定程度、確保されることが前提ないし原則」であり、例外的に、「定年退職前のものとの継続性・連続性に欠ける(あるいはそれが乏しい)労働条件の提示が……許容されるためには、同提示を正当化する合理的な理由が存することが必要」と述べられていることが参考になります。

 

まとめ

 

以上より、再雇用の対象とした上で、労働者に対してどのような再雇用後の労働条件を提示するか、過去の裁判例や労働者の健康状態等を踏まえつつ決定することが重要です。